01.28
Thu
いい記事を読んだので、禿同して便乗の方向で今回のブログを書き始めました。
私は2016年も相変わらずです。

去年の話ですが、「のうりんのポスターが不快だ」という話題が出たのを、覚えておられるかたも多いかと思います。
私も覚えております。
言いたくてうずうずしているドS根性で申し上げると、「性的表現を前面に丸出しして、性的興奮を助長させるエロどぅー人誌の表紙かな?」との感想まで持ちました。
乳袋にも収まらない爆乳と、股間周りだけ妙にぴったりラインの作業服で、頬を赤らめながら胸を見せつけるイラストでしたから、デザイン的に見てこの感想が的外れだとは思っていません。
ポスターの説明文を読んですら「エロ」感が拭えなかったばかりか、「えっ?」でした。一体このもやもやをどうやって言葉にしたらいいのか散々迷って、結局今日まで言えずじまいだったのです。だっていつも私が耳タコで言ってることばかり思い浮かんだんだもの。
とどのつまり、そのとき同時に閃いたのは、私が平時から忌み嫌っている「昼夜なくインターネッツで垂れ流す他人の性的欲求話」でして、どうやら私の中ではのうりんのポスターもそれ等と通ずるものを感じたようなのです。
しかし、たとえそう感じたとしても、てっとり早く「下半身で物事を考える人達」と一括りにして終わりにしてやれ、とも行きませんでした。
だって一自治体が納得して掲げたポスターの中身が、まさか「下半身で物事を考える人達」なわけがないと信じたいじゃないですか。あれは事故だったんだ、きっとそうに違いない、となりたいじゃないですか。事故はその以前にも起きたご様子だったので、易々と私の擁護の限界も突破されうわーやられたーの体でしたけれども。
それにですね、さすがの私でも常から他人をこき下ろす批判ネタを探して回っているわけではありません。そんなに偉くも暇でもありませんし、私はそういう人間だとどうも思われている節もあるようですが、誤解だ。聞き入れちゃくれないだろうがもう一度言おう、誤解だ。
SNSに流れてくるポスターへの批判や肯定意見を読んでみても、私の感想と似たり寄ったりで、どうもあと1ピースを埋められないままの意見ばかりでした。
そうして結局もやもやは終息せぬままに年を越したのです。

声あるものは幸福(さいわい)なり。
伝える手段があり、しかもそれを読んでもらえるだけの文章力が、私にはとんと身に付きません。こんなに長年日記もブログも書いているのに駄目なものは駄目、天職でないものはどこまで行っても平社員なのです。
そんなことをわざわざ考えるときはいつも、「自分は今まさに魚だ」と悔しいとも情けないともつかない思いをします。

少し話がズレますが、真実を語れずに口を噤むという行為はとても不利です。そうせざるを得ず、魚に成り下がるカードを選ぶ人達に幸あれ、と思わずにはおれません。
いえ、「嫌われたり標的にされたりするから黙っていよう」と見て見ぬふりの行為を推奨したのではなく、あくまでも「大人と大人の約束事のラインを踏み越えない選択」をして、歯を食いしばっている方々を称えたのです。
何をどう言っても低きに流れ堕ちるヒトモドキ共に、早く悔い改めてくださいね等の優しさを発揮するのももう面倒です。勝手にくたばるがよい。
と書くと、私の頭にブーメランですがそこはそれなので先に進みましょう。

話を戻します。
冒頭で「いい記事を読んだ」と書きましたが、それはまさに、私が「なぜ性的興奮を抑えられず公共の場でさらけ出す人達を不快に思うのか」という疑問に、答えを補完してくれる内容だったのです。
投稿者さんは平時、性別を分けたりせず人間を相手にして物事を考えるそうですが、そんなところにもとても共感しました。
記事は噛み砕きやすくするため、あえて「男女」の性的なベクトルの違いを中心に書かれておられましたが、ここで使われた「オモチャ」という単語が、私のもやもやを一気に晴らしてくれることになったのです。オモチャとは言っても大人のおもちゃの話ではありませんよ、そこのあなた。
SNSへのリンクは貼っても良いようですが、他ブログへのリンク記述がないため、ここは当該記事の紹介を控えます。自分の記事が知らぬ間にどこぞのブログに紹介されてた、なんてことが、気持ち悪いと受け取られてしまう可能性も無きにしも非ず。
なので私が感銘を受けた部分だけでも、内容を少しだけ意訳させてもらおうと思いました。「男女」の性から「人間」に置き換えた上で意訳することを、どうかお許しください。

相手を「性的に見る行為」や「性的な興奮を感じる場面」というのは、しかるべきタイミングで、しかるべき相手に、しかるべき時だけ感じるから嬉しいのであって、エロ本やエロ広告の見出しに踊る文字群のようなものを、公共の場所で意識させられることは「場違い」で「節操がなく」、「下品」で「日常生活に邪魔」でうざったいので、嫌なんです。
これは相手を「オモチャ」として扱っているのですが、オモチャ扱いされたほうは自分をオモチャになどしたくありません。「他人から人間扱いではなくオモチャ扱いされた経験」は、「嫌な経験」なんです。


というものです。
本当にこの「オモチャ扱い」が私に道を開いてくれました。
その通りです。
これだ、これだったんだ。
のうりんのポスターや、ずっと以前から私が感じていた「インターネッツで垂れ流される性的欲求話」へのサディスティックなまでの嫌悪感はこれだったんだ。突然のピシャーン感でした。雷に打たれたのです。
誰かを「オモチャ」として扱う行為が公共の場に陳列ましましている事実が、私には違和感を通り越して腐界に沈んだ倫理観めいて見えていたのです。ここはこの世の地獄か何かか。
のうりんの場合も同じで、デザイン的に「頬を赤らめながら胸を見せつけている」視線誘導にしか見えないので、これは「人物の性=女性のパーツを強調した男性への性的興奮を促すためのオモチャ扱い」として認識され、私が嫌悪感を感じることになったんだと納得しました。
もしあのポスターの女性が男性で、エフェクト効果もばっちりの大胆に露出させた股間を、頬を赤らめながら強調しているイラストだったのなら、そのときの世間の反応が今とても気になっています。クソコラ大国ついったーで、どうして誰も作らなかったんでしょうか(ギャグ目線だからかな)。あるいは作った人もいたけれど、私の目に入らなかっただけでありましょうか。

そうしてやっぱり私は悲しくなりました。
何しろ私はオタクなのです。
それもクソでバカが付くほどのトグサオタクです。って自分で言ってしまった。
以前から耳タコになるほど、トグサに不埒な悪行三昧は本当に勘弁してくれないかなあと歯に衣着せず、これに関してはオブラートにくるむなんて優しさは絶対に金輪際発揮しねぇと誓ったあの日から、ついついイラついた感情のまま言及してしまうほどのパァなのです。
「オモチャ」扱いと言ったって、相手が二次元なんだからどうしようと俺の勝手だ。
となりますよね、そりゃ普通はそうなります。二次創作なんてものが大概そうなのです。公式ではない二次作品なんだから、どういう付加価値を付けるかは二次創作作家さん達次第なんであります。
公式見解からすれば、関係者様方々にとったら、この発言は非常におかしな話でしょうが、そこは苦虫を噛み潰しながらまあ聞いてください。いえ、そもそも公式関係者様方々がここを覗いている筈もないのですが、矛盾に対するこれくらいの言い訳はさせてほしいので書いておきます。
ですから、私がいくら「トグサに不埒な悪行三昧は勘弁しろ」と言ったところで、「なんでクソバカ缶の独りよがりを満足させるために私達の欲望を制御させられなきゃならないんだよ」という話です。
わかっていますとも。
だから悲しいと言うのです。
他人様と私は別の個体なので、他人様は誰一人として私に属するわけがありません。
個人はそれぞれ個体なのですから、誰に拘泥することも付き従うこともない。
でも、だからこそ、なぜ何かを「オモチャ」扱いして配信するのか。
いえ、言い方を間違えました。誰かの二次創作は作った作家さんのものですから、その中で行われる「オモチャ」扱いにまで言及はしません。それはどうぞお好きになさってください。
しかしその「オモチャ」扱いを望んでいない他人の目にまで、堂々と触れさせることは考えていただきたいのです。インターネットは公共の場であって、「見たくなければ見るな」と啖呵を切れる場所ではありません。
老若男女、小さなお子様から脳の硬化症を患ったお年寄りまで千差万別にインターネットをご利用なさっておられます。ここは公共の場所なのです。ちんこおっ勃てて涎垂らした大興奮赤ら顔のままで、街中を彷徨っていたらただの変態、「犯罪者だ確保せよ」ではないですか。
公序良俗違反、公然猥褻罪です。攻殻機動隊という公安警察官が活躍する作品が好きだというのは嘘だと言うことなのでしょうか。要するに、アドレなってアクメきめたいだけで、攻殻のキャラはただの手段でしかない、バイブ交換みたいなものだ、という話でしょうか。
そうではなくとも、公共の場でちんこおっ勃てて涎垂らしながら大興奮赤ら顔のままでそこら辺を徘徊などせず、ひっそりと自分のベッドか自宅のトイレでいたしてください。
私は「オモチャ」にされる何かを見たくはありません。知りたくもありません。我々オタク達が、必死になって棲み分けをしようと昔からしている提案は、つまりそういう、実際の検挙や、オタク同士の戦争を回避するための、本当に心から大事で大切な話なのです。
どうか皆様の良心のご協力を、今後もよろしくお願いいたします。そして、次の世代に繋げていってください。

ギャグで下ネタやってるんなら全然かまわないんですよ、ギャグでやってるんなら。

■拍手ありがとうございました。


comment 0
01.15
Fri
Alan Rickman氏が1月14日お亡くなりになられてしまったーーー!!!
待て待て待て待てちょっとちょっと待てええええええい!!!
…ふぇ(ノω;)…。
英が生んだ…いや、英で生まれた同い年の名優が、両人共癌によって同じ時期に身罷られる…だと…。
なんなんだなんなんだこれは一体どうしたことだ。
2016年まだ1月半ばで一体いくつデカいニュースを持ってくるつもりだYO!?
おかC!!!
…かなC…(ノω;)メソ…。
自分の身内でも知り合いでもないし生活に何の影響もない赤の他人のことだというのに、おかげさまでへこたれて気落ちしている。バカだな~。

■拍手ぽちぽちありがとうございました~!


comment 0
01.12
Tue
David Bowie が1月10日に亡くなってしまった…。
私は特に彼のアルバムを持ってるとか、大好きでよく聞いてたとかいうことはなかったのですが、それはMichael Jackson のときもそうだったので…MJはファンの子からもらって一枚持ってますけど、自力で買ったわけではないし、よく聞いてたわけでもないのです。でも、やはり亡くなった時はショックでした。MJ死んじゃった…嘘だろ…ってぼんやりするくらいは。よくは聞いてなくてもそりゃ聞いてたんですもの、何度も何度も。David Bowie も同じことです。だから今回の死去の報もだいぶショックでした。つべに新曲聞くためにひたりに行くくらいは。
誰でも一度は名前を聞いたことがある、という人間なんて、案外数えられるほどしかいないと思うんです。そういうことでいえばその影響力はすごかったっていうことだと思うんですよね。彼らをプロデュースした人たちもそりゃもうすごかったんでしょうけど。
ついったでも多くの人が口々に言ってますけど、ついこの間アルバム出したばっかりだったじゃん、ていう。そう思って聞くと「I Can't Give Everything Away」なんてタイトルがあることがもう待って欲しい。これじゃ死期を悟ってリリースしたみたいだし、ファン思いじゃないかなんて思いました。…彼の場合は癌だったので長くないと知ってたのはあるでしょうけど。


うんまあそりゃそうか。
自分の歳を考えたら、我々世代の「巨星堕つ」はここ数年からなんだよな~…今後も死ぬ一方だしなあ…。しょうがない。
少し前ついったのフォロワさんと話してたんですが、押犬が亡くなってしまったら「押井守大全集」とか「押井守コンプリートBOX」とかがドカッと出るから、そのときはさも当然の顔で香典代わりにコンプリートしなくてはならんなあ!…みたいなことをね(笑)
そのためにみんなも今から押犬貯金を始めた方がいいですぜ。
リスペクトしてる人数分の貯金が必要だと思っていますキリッ。
押犬には今後もどうぞお元気で100まで長生きしてください。

■拍手ぽちぽちありがとうございました!


comment 0
01.05
Tue

160104.jpg

あ~んですあ~~ん。
私がやりたいな~~。
野菜に見えないな~(^ᴗ^)?


comment 0
01.01
Fri
160101.jpg

今年もよろしくお願いいたしますm(_ _)m


comment 0
back-to-top